2017年12月20日
「トランプが、エルサレムを首都承認した」
「2009」番 「トランプが、エルサレムを首都承認した」問題を徹底的に解説する。日本人は、中東アラブ、イスラエル問題を大きく理解するために、歴史を勉強するべきだ(前編)。
http://www.snsi.jp/tops/kouhou
副島隆彦です。今日は、2017年12月19日(火)です。
副島隆彦です。以下の文は、私が2017年12月11日に話した内容です。
この12月6日に、トランプ大統領が、「イスラエル国の首都はエルサレムである、とアメリカ政府は認める」という声明を出した。これでアラブ、イスラム諸国が大騒ぎになった。抗議するパレスチナ人に死者も出ている。これが一体どういうことかを、知識人層でも日本人は理解できていない。
私たちは、今のイスラエル国の地 = パレスチナ であることをはっきりと知るために、歴史の勉強をするべきだ、ということで、徹底的に、私が、解説します。
私、副島隆彦は、イスラエル(ユダヤ教徒)、イスラム教諸国の両方の立場、主張を大きく説明することで、皆の理解を得ようと思う。
いまイスラエル国(人口はたったの850万人ぐらい。千葉県ぐらい)は、一番大きな都市であるテルアビブから東に100キ行ったところの西エルサレムに首都があります。
アメリカ政府は、今はテルアビブにあるアメリカ大使館を、エルサレムの西側の高層ビルも建っている地区に少しずつ移していくと決定した。これを今から4~5年かけて実行すると、言っています。
アメリカ政府が自国の大使館をイスラエル国内のどこに置こうが、建物は、お金さえ払えば買ったり借りたりできる。今はエルサレムの旧市街ではなくて、その外側のビルがたくさん建っているきれいなところにビザを発給するアメリカ領事官があり、そのそばに大使館も持ってくるとトランプが言っただけのことのだ。それでも大騒ぎ。それは、ここに至る、長い歴史がある。それは、今から3200年前(紀元前1200年)に遡(さかのぼ)る。
アメリカがエルサレムを首都と認めると言っただけで、中東が、また戦争になるのではないか、と日本人は、訳も分からず、不安になる。知識がものすごく不足しているからだ。何やら、むずかしい解説(文)だけは、日本のテレビ、新聞はする。
パレスチナ人を初めとするイスラム教徒たちが世界中で騒ぎ出していると言っています。それは日本の知識階級を含めて知識がないからです。
私、副島隆彦の結論は、「 トランプがアメリカの大使館をテルアビブから西エルサレムに移したからといってたいした事にはならない。ただし日本人は、大きな理解で歴史を勉強しなければ」である。アラビア人、イスラム教徒たちが騒ぎ出して大変なことになると勝手に思い込むのは知能、知恵(=知識)が足りないからだ。私が、これから本気で説明しますから、よく理解してください。
日本の知識階級も、新聞記者たちも政治家も、大学教授たちでさえ、以下に私が話すことを、大きく理解できていない。それはイスラエルの建国以来のことがよくわからないし、報道があまりされないからだ。この建国には、1948年(今からたったの70年前)と、もうひとつ、今から何と3200年前の、紀元前1200年(ごろ)の、ふたつの建国があるからだ(笑い)。としか、私は言いようがない。このことをまず、言っておきます。「それは何のことですか」と疑問に思っていいから、私の話に耳を傾けなさい。
ここで、この問題で 現地ルポした新聞記事を一本、ここに載せておきます。
(転載貼り付け始め)
共存脅かす首都認定、深まる苦悩 ルポ・エルサレム
2017/12/17 日経新聞 ( エルサレムで飛田雅則 )
エルサレムはイスラエルの首都であるとしたトランプ米大統領による認定から10日ほどがたった。死者をだす抗議活動がパレスチナ自治区ガザで続く一方、エルサレムでは普段の生活が戻りつつある。だが首都認定で今の経済面での共存が脅かされるのではと多くのパレスチナ人は不安を抱く。米国の対応を喜ぶイスラエル人との間に広がる心理的な溝。エルサレムを歩いて声を拾った。
パレスチナ人による襲撃事件があった中央バス発着所は普段のにぎわいをとり戻していた(14日、エルサレム)
14日午後、エルサレム中央バス発着所は家路を急ぐ人でごった返していた。4日前にはここで首都認定に抗議するパレスチナ人の男が、イスラエル人警備員をナイフで襲う事件が起きた。会社員の男性(32)は「普段の生活に早く戻ることが、テロへの抵抗になる」と静かに話した。
金曜礼拝があった15日。旧市街の一部ではパレスチナ人とイスラエル治安当局の小競り合いが起きた。ガザ地区では投石する若者などに対し、装備で圧倒するイスラエルの治安当局が実弾やゴム弾で排除に乗り出した。
米政権の首都認定以降、パレスチナ人の死者は8人、けが人は1000人単位に上る。ガザ地区での衝突は当分やみそうにない。だがエルサレムでは「平穏な日常に戻りつつある」(エルサレム警察のヨラム・ハレビー署長)との声が多い。
1967年の第3次中東戦争以降、イスラエルは、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地がある東エルサレムを占領し、西側と併せたエルサレムを「不可分の首都」と位置づけてきた。東エルサレムにはイスラエルの占領に反発するパレスチナ人が多く住む。
パレスチナ人はトランプ氏の首都認定に強く憤って抗議デモに加わるが、経済面ではイスラエルへの依存が強い。東エルサレムに住むマレクさん(35)の勤務先はイスラエルの建設会社。「イスラエルは許せないが、いまの会社は給料がいい。政治とは分けて考えるしかない」と話す。
パレスチナ人の運転手のムタズさん(40)は「トランプは余計なことをした。ユダヤ人の観光客が減ってしまう」とぼやく。世界からユダヤ系の観光客が押し寄せるユダヤ教の祝祭が先週から始まったが、今年は治安への懸念で客足は鈍い。観光客減は、サービス業や建設業に就くパレスチナ人の生活を直撃する。
一方、イスラエル人の間では「トランプ氏は正しいことをしただけなのに、なぜ世界中はこんなに大騒ぎするのか」(会社経営者のヒレルさん、60)という反応がほとんどだ。高校教師のオリットさん(45)は「教育や医療が充実するイスラエルにいる方がパレスチナ人も幸せなはず」と本音をのぞかせる。日々の生活では混じり合う両者だが、心理的な距離は遠い。
今回の旧市街やヨルダン川西岸の抗議行動は、過去の「インティファーダ(反イスラエル闘争)」に比べて規模が小さいとされる。「激しい抗議は犠牲も伴う。団結を呼びかける強いリーダーもいない」(パレスチナ人ジャーナリストのハレド・アブトアメフ氏)
米国の首都認定に反発しても、イスラエルと無縁の生活は考えられない。トランプ氏の判断は、パレスチナ人の怒りや苦悩を深めている。 (エルサレムで飛田雅則)
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。エルサレムの現地は、落ち着いて来ています。私の話を続けます。
まず、エルサレムぐらいは誰でも知っています。ここにイエス・キリスト様も入ってきて、そのたった1年後の、紀元後30(AD30)年に、処刑された。36歳だった。世界史の年号は、キリストが生まれた年が「紀元1年、元年」と決まっている。が、西洋暦(太陽暦、グレゴリオ暦の修正)で計算し直したら、紀元前6年だったようだ。だからイエスは36歳でエルサレムで処刑された。
私は、徹底的に話します が、聖地エルサレムの東側にやや高い処(ところ)があって、そこを「神殿の丘」という。これをまず覚えなさい。アラビア語では、アルハラムアルシャリーフ(al-Haram al-Sharif)という。これは長方形をしていて、周りは30メートルぐらい城壁で囲まれている。ここが神殿であり、古代からの王宮でもある。この中央というか、北のほうに、例の金ピカの「岩のドーム」そして、南側にアル=アクサー・モスクがある。前掲した地図で確認してください。 長方形で縦300メートル、横100メートルぐらいあると思う。ここは神聖なる聖地であり、今はイスラム教の寺院(モスク)が2つある、ということだ。
この岩のドームから、預言者(イスラム教の創業者)ムハンマドが昇天(ascension、 アセンション)した、となっている。この神殿の丘に連なる南側にシオンの丘(ザイオンの丘)が続いている。 このシオンZion の丘への、ヨーロッパ諸国からの、虐められたユダヤ人たちの、帰還運動(何と3200年ぶりの)を、 Zionism (シオニズム、ザイオニズム))という。1896年の、フランスで起きたドレフユス事件(1894年)のあと、・テオドール・ヘルツル Herzl という男が、ウイーンで、そしてスイスのバーゼルで、1897年に、「さあ私たちは、エルサレム(シオンの丘)に帰って、建国しよう」運動を始めた。 これで、今のイスラエルとパレスチナの骨肉の紛争が起きた。左翼知識人たちだったら、一応、誰でも知っている、このシオニズムの話は、一端、横に置く。
このユダヤ教の最も神聖な神殿が、至聖所(しせいじょ。Oracle オラクル)と言う。ますこのコトバを知りなさい。ここが今は、だから、岩のドームになっている。だから、大ゲンカになるのだ。 アラビア語でクバ・アルサクラ Qubba al-sakhra という。そしてその南に、もう一つアル=アクサー・モスクがある。
この「岩のドーム」は西暦690年に、預言者ムハンマドの娘婿アリーによってつくられたらしい。そして20年後ぐらいの710年に南のアル=アクサー・モスクもつくられた。だから今は、「神殿の丘」にイスラム教の寺院が二つあるわけだ。壁には青いタイルが張られ、丸屋根(ドーム)は、きらきら輝いているのが岩のドーム。ここがもともとは何だったかは、これから詳しく話します。
もともとはユダヤ教の最も聖なる場所だ。日本語で至聖所と訳す。だから皆、分からなくなる。知識人たちも。いいですか、知ったかぶりはナシですよ。英語ではオラクル(Oracle)という。オラクルとは、巫女(みこ)とか、預言をする神官をいう。神の言葉を人々につなぐ人で預言者と言ってもいい。これは、古代ギリシャではデルフォイ(Delphoi)という都市にあって、このデルフォイの巫女たちがオラクル。そして、神託(しんたく)、ご託宣(たくせん)もオラクルだ。
もともとユダヤ教の聖なる場所だったこの至聖所(オラクル)ができたのは、紀元前1200年ぐらいだ。
紀元前1250年に、モーセがユダヤ人たちを引き連れてエジプトから脱出した。この紀元前1250年 を、あなたが、本当に知識人でありたければ覚えてください。
そしてモーセたちは、40年間シナイ半島をさまよった。この紀元前1250年からの話を、『出(しゅつ)エジプト記』 Exodus (エグソダス)という。これがユダヤ教の唯一、最高の聖典だ。 この他に、後に、「モーセ5書」 Torah トーラと呼ばれる、『創世記』(Genesis ジェネシス)とか、『ダニエル記』とか、『ヨシュア記』、『申命(しんめい記)』とか、私、副島隆彦も名前しか知らないが、後から出てきた『エゼキエル書』などとは、較(くら)べものにならないぐらい、『出エジプト記』は重要だ。 なぜなら、他の 『創世記』(天地創造から書いている)やらは、紀元前3000年ぐらいの、メソポタミア文明(チグリス、ユーフラテス河の地帯)の帝国や王国の話から、創作したものだからだ。
モーセたちが、エジプトから出てきた人々だ、ということは、このあと、ユダヤ人、を名乗り始める、モーセたちは、真実は、エジプト人なのだ。 このことは、今も言ってはいけないことになっている。
だが、世界中で、気づいている人たち(本当に頭のいい人たち)は気づいている。 どうも、ヒッタイト(ヒッティー)帝国(紀元前1600年頃、トルコで生まれて、最強になる)と、エジプトの王朝(帝国)が、地中海沿岸(すなわち、フェニキアや、パレスチナや、今のシリアあたり)を、奪い合う戦争を、ずっと続けた。
決着がつかないので、停戦、休戦、そして平和条約を結んだ。 その証拠は、重要な歴史資料として、双方の帝国に残っている。世界史をきちんと勉強した人は、皆、このことを知っている。 だから真実だと証明された。
詳しく書くと、BC(紀元前)1300年丁度に、ヒッタイトのムワタリ王 と、エジプトのラムセス2世
が、カデシュというところで戦った。 なかなか決着が付かないので、4年後に、ヒッタイトの後継者の王のハットシャリ王 と、 ラムセス2世が、交渉をして、平和条約(=講和条約、戦争終結条約)を結んだ。 その文書が、今も双方に残っている。
それから34年後が、BC1250年で、モーセたちが、ぞろぞろと、「出エジプト」で、カナーンの地(パレスチナ)に向かって出発、移動 し始ののだ。そして50年後の、BC1200ぐらいから、入植、植民した。 都市を築いて塀を回らし、礼拝所(だからこれが至聖所だ。後に、神殿の丘になる)を作って、
先住民である、カナーン人や、アモリ人や、アッカド人と戦って、領土を作っていった。それでも、ずっとしぶとく、パレスチナ人( ペリシテ人 = ファラシー )はずっと、ずっとこの地に残り続けた。
だから、モーセたちは、実は、エジプトを、自発的に脱出したのではなくて、どうも、「あっちの方に、北の方に、カナーンという豊かな土地があるから、移民、植民しにゆけ」とエジプト王(ラムセス2世)に言われて、屯田兵(とんでんへい、パイオニア、開拓農民 )のようにして、移動していったエジプト人だろう。 こう考えないと自然ではない。ただし、モーセたちは、この次期に、すでに強烈な宗教を作り始めたようだ。 彼らが、このあと、「自分たちは、ユダヤ人だ」と言いだし、ユダヤ思想(ユダヤ教)を創作して、自らをユダヤ人だと名乗り、( だが、さらに真実は、現在のユダヤ教が成立したのは、紀元後200年代の、ミシュナー が、成立し始めた頃だ)そして、今のイスラエル(ここを別名パレスチナという)を作ったのだ。
だから、エジプト人の貧しい農民たちが、ヒッタイト帝国が、完全には支配しきれなかった辺境の地で、どちらの領土だとも確定していなかった、カナーンの土地(パレスチナ)に、次から次に、勝手のどんどん入植してきた、というが真実だろう。
この時期のこと書いているから、『出エジプト記』という本(ビブロ)が、唯一の、最高の経典、聖典(Canon 、キャノン、啓典)であり、世界史上の重要資料だ。
モーセは途中で死にました(紀元前1210年とされる)が、その10年後の紀元前1200年ごろ、モーセの後継者のヨシュア Joshua と、それよりも早く、女預言者で弟子のデボラ と 指揮官のバラクの2人が、ユダヤ人たちを引き連れて、「カナーンの地」「約束の地」である今のパレスチナに到着した。そして、おそらく今のエルサレムを本拠地として丘に、自分たちの宗教のための礼拝所を作っただろう。それが前述した至聖所(オラクル)だ。
モーセの跡継ぎのヨシュアは、頭が良くて、強力な指導者だったようだ。入植した先で、「敵たち」を打ち破ってゆく。 このユダヤ人(エジプトから北上してユダヤ人になった人たち)たちは、
今の エルサレムから北東に 50キロぐらい行った、エリコ という都市から、侵入、侵攻したようだ。
そして、「旧約聖書」の 「列王記」を 読むと、激しい闘いを、カナーン人やパレスチナ人たちと、
200年ぐらい続けている。 いや、もっと後までだ。 恐ろしいぐらいの残酷な戦いであって、
名君の 始まりの、紀元前丁度1000年の、サウル王( その次が、英雄でもある ダビデ王)は、戦いに負けて、息子たちと、皮を剥がれて、敵の城壁に、死体をずらーと吊されていた。こういう話が、ずっと続く。その応酬だ。それが、旧約聖書だ。
だけど、これは、当時のユダヤ人たちが残酷だったということではなくて、この時代は、メソポタミア文明の、他の文明も、そういう 激しい殺し合い をずっとやったのだ。それが人類の歴史だ。
モーセの時代から200年後、丁度、紀元前1000年のダビデ王の子で、後継ぎの ソロモン王(紀元前967年、王位に)が、至聖所を大修理して立派にしたので、これを、今も King Solomon’s Temple 「ソロモン王の神殿」と呼ぶ。これは英語だが、この時からが、「第1神殿時代」だ。今もこの呼び名だ。そして、ここが、現在は、イスラム教では、アルハラム・アルシャリーフ「神殿の丘」だ。そしてここにイスラム教の寺院が2つある。
きらきら輝く丸屋根の、岩のドームは、故にもともとはユダヤ教の至聖所だ。モーセたちは、自らユダヤ人 (Jews ジュー)を創作し、成り、そして唯一神のヤハウエだけを信じると、した。 だが、このヤハウエ Yahweh (あるいは、エホバ Jehovah )は、本当は、エジプトで紀元前1300年頃に起きた、アマルナ革命を、憎んでひどく嫌った、神官の集団である、アメン神なのではないか。アメン神官の集団が、神そのものだったろう。
アーメン Amen というコトバは、ものすごく重要だ。誰でも知っている。ところが、この「アーメン」について、欧米の神学者も歴史学者たちも、世界中で、「祈りのコトバだ」と、むにゃむにゃ言うだけで、何も明らかにしない。
このアメン神、あるいはヤハウエへの捧(ささ)げ物(これがホロコースト)として、至聖所の中の脇で、殺した羊の血を抜いて献上した。しかし、本当の本当は、「私たち神への信仰を証明するために、自分の長男坊の男の子を殺して、献げよ」だったようだ。
だから「神殿の丘」の周りに、紀元前1200年から、現在は旧市街にとい街にユダヤ人たちが住んだ。 丁度、紀元前1000年ぐらいが、ダビデ王の時代だ。この年号を覚えなさい。正確には、ダビデが、前サウル王の死で、跡を継いだのは、紀元前997年だ。この時が、イスラエル王国 が一番栄えた時代で、サウロとダビデとソロモン、の3人の王の統治がそれぞれ30年ぐらいずつ続いた。このときユダヤ民族は、大繁栄した。
そして3人目のソロモン王(キング・ソロモン)の息子が、アブサロムで、こいつは能力がなかったために父親の偉業を継げず衰退が始まった。欧米白人は、自分のバカ息子のことを、「ああ、アブサロム、アブサロム」と嘆く。今は紀元後2000年ちょっとなので、ユダヤの3人の名君(優れた王)に時代から3000年たっている。
だが、イスラエルが、帝国(エンパイア)だったことは一度もない。イスラエル(ユダヤ民族)は、いつの時代も、周囲の強国(覇権国、帝国)に脅かされた。あるいは屈服しした属州、朝貢国(ちょうこうこく)だった。3000間、ずっとそうなのだ。このkとを、日本人の知識層でも自覚がない。ヒッタイト帝国が滅んだ跡の、アッシリアや、新バビロニアや、アケメネス朝ペルシア帝国などの帝国のことを、しっかり知っている日本人は、あまりいない。 勉強不足というよりも、知恵(知能)が足りないのだ。
さて今回のエルサレムの首都認定問題で、一番強硬なのは、ニューヨークに住んでいるユダヤ人の金持ちたちだ。
イスラエルの人口は850万人ぐらいだ。このうちユダヤ人は600万人ぐらい。残りはアラブ人でほぼパレスチナ人。ユダヤ人と結婚したり、合いの子になっていたりして複雑だ。ユダヤ人も、アラブ人も 人種的には同じセム族 Semite セマイトという。 だから、反ユダヤ主義の人種差別を、 anti -Semitism アンチ(アンタイ)セミティズム という。
ところが、アメリカ合衆国には800万人ぐらいのユダヤ人がいる。本当は2000万人いる。これをクローゼット・ジュー Closet Jews 、 隠れユダヤ人という。表面上はアメリカ白人でキリスト教徒のふりをしている。だが、ユダヤ人の血が混じっている。
例えばヒラリー・ロッダム・クリントンなどは、ロッダム家は、オランダからやってきた商人の家系だ。だからユダヤ系だ。だから、ヒラリーはニューヨーク州選出の上院議員にもなれた。ニューヨーク州は、ジューヨーク “ Jew York “ と言われるぐらいユダヤ人が非常に強いところで、大金持ち、経営者がたくさんいる。
彼らがトランプを突き上げた。トランプが、ユダヤ人の団体に、大統領選挙中に公言して約束とおりに、どうしてもエルサレムを首都と認めよ、ということだ。そして、この決定は、実は、アメリカ民主党の 決議でもある。1995年に「イスラエル首都法」という法律が出来て、クリントンもオバマも、「エルサレムを首都と認める」の立場だったのだ。だから、今回、よごれきったアメリカのリベラル派勢力である民主党は、トランプを一切、全く、何も批判しない。面白い現象だ。
ここに今は二つのイスラム教徒のモスクがあるが、それらをぶち壊して、もともとのユダヤ教の神殿、すなわちKing Solomon's Temple に戻したい。Temple テンプルを、日本語では、お寺と訳して、神社のことをShrine シュラインと言うと決めている、が、それは日本人が勝手に言っただけで、このコトバの区別がつく日本人の知識人はいないだろう。だから、ユダヤ人たちは、今の岩のドームをぶち壊してKing Solomon's Templeを復活させたい。元々の、3200年前に、戻したい(笑い)。
しかし、それをやったらどうなるか。本当に第3次世界大戦だ。世界中に18億人のイスラム教徒がいる、東アジアのマレーシアやインドネシアもイスラム教国だから、黙っていません。おそらく、怒ったイスラム教徒が、自爆攻撃(スーサイダル・ボミング suicidal bombing )の突撃隊となって、これが何千人か何万人では済まなくなる。だから、そんな「モスクをぶっ壊すこと」は絶対にできない。 しかし首都と認定する、ぐらいは出来るし、やりたかったのだ。
エルサレムの旧市街を、地図で示すと(前掲の写真をもう一度、しっかり見なさい)4つに分かれている。南のほうにアルメニア正教の人たち。アルメニア人が何百人が住んでいる。これはキリスト教の古い宗教だ。アルメニア国はトルコの東側にありますが、苦難を背負った商業民族で、ユダヤ人とよく似ていると言われています。私は、最近、1918年に、トルコによってアルメニア人が、150万人、虐殺された、という最新の映画を見た。アルメニア問題は今日は話さない。
エルサレムの旧市街の西側はキリスト教徒、そして北側にイスラム教徒であるパレスチナ人に地区。パレスチナ人たちは貧乏です。物売りを懸命にしながらエルサレムに住んでいる。観光客相手の汚い土産物屋は、全部パレスチナ人だ。ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)沿いはずっとパレスチナ人の物売りたちだ、と、現地に行った編集長が言った。
そして当然のように、現在の支配者であるイスラエル人が、威張って住んでいる。彼らが差別されて身を縮めていた時代が何百年もあったのだろうが。このように旧市街は四つに分かれている。
旧市街のキリスト教徒地区に、キリストが捕まって、連れていかれて、このあとすぐに磔刑(たっけい。はりつけ、磔=はりつけ=の刑)にされた場所と言われる「聖墳墓教会」(せいふんぼきょうかい)があります。ここがゴルゴダの丘、そのものだ。
キリストが処刑されたのは、副島隆彦は決めつけるが、前述したとおり、紀元後30年だ(36歳)。聖書にはゴルゴダの丘とかゲッセマネの園(ここで捕まったとも聖書に書いてある)とかが出てくる。このゴルゴダの丘、すなわち今の聖墳墓教会とは、イエス・キリストを応援していた金持ちの屋敷の庭らしい。この考え(学説)が最近は一番、強い。
ここで、ついでに言っておくが、エルサレムの南、10キロぐらいのところにある ベツレヘムで、そこの馬小屋で、イエスが生まれた、となっている。これは、今では、真っ赤なウソだ。世界中でバレている。イエスは、「ナザレ Nazareth のイエス」なのであって、北の方の ナザレで、生まれて育った。
そして、30歳から、自分の信念に基づいて、「私は、人類(人間全部)を大事にしたい。救いたい」という、それまでの人類史に存在しない、全く新しい、救済(サルベーション)のための宗教を始めた。だからエイスは、偉大なのだ。だから、キリスト教が、彼の死後、爆発的に、世界中に広がった。 インドのお釈迦さま(ゴータマ・ブッダ)も、それからイスラム教のムハンマドも、この救済(サルベイション)の思想を説いたので、それで、世界中にドカーンと広がったのだ。
「人間を大事に扱え。女たちを虐(いじ)めるな。人間を動物みたいに扱うな」と主張したから、それで世界宗教になった。残念ながらユダヤ教は、そういう宗教ではない。だから広がらなかった。
イエスは、36歳で死んでいるから、布教活動は、たったの6年間だ。ナザレから東のガリラヤ湖の周辺をうろうろして、それから、ヨルダン川を南に下(くだ)って、洗礼者(バプテスマの)ヨハネ John の洗礼(バプタイズ)を受けた。それから、エルサレムに入った。旧市街の中を自由に動き回ったとは思わない。すでに、イエスの布教活動は、ローマ帝国からの現地派遣の軍事総督(ぐんじそうとく。pro consul プロコンサルの ピラト(Pilate ピラトゥス、 パイラト)にとって、危険な扇動者(ゲマゴーグ)と見なされていたようだ。
ナザレは、イスラエルの北の方の、ガリラヤ湖 Sea of Galilee の西の方だ。そして、エイスの真実の奥様であり弟子(使徒、アプストル)でもあった マグダラのマリア Magdalene Maria の生まれ育ったマグラダ Magdala の町が、ガラリア湖のほとりにある。イエスが布教を始めて、1年後ぐらいの 31歳(紀元後25年)にマリアと出会って結婚した。そして、一緒に布教の流浪を続けた。まわりに信者として弟子(使徒)たちが出来た。
イエスは、普通の男で有り、人間で有り、奥さんと、子供もいた。父 ヨセフ Joseph は、 言われているような、ただの貧しい大工ではないだろう。それなりの家の出の人だったようだ。そうでなければ、イエスがそれなりの教養を身につける事は出来ないし、まわりから尊敬されない。
イエスは、ただの人間であり、普通の男である。このことを言うと、ローマ・カトリック教会が非常に困るのだ。ローマ教会ことは、大嘘つきで、人類の諸悪の根源である。私、副島隆彦が、このことをずっと書き続けるので、だから、私は、いよいよ、日本の土人の支配階級(エスタブリッシュメント)から嫌われる。でも、私は黙らない。
イエスは普通の人間だった。この思想を説くのが、欧米の、独特のプロテスタントの一種である、ユニテリアン =フリーメイソンの思想だ。
イエスが、殺されるまで、どのように6年間、布教したかは、ここではもう書かない。
イエスは「最後の晩餐(ばんさん)」をした、エルサレムの市街の外の、イエスの支持者の家で、12人の弟子たちと一緒に土間に、寝ていた。そこを突然、ローマ兵に襲撃されて、イエスだけが捕まった。ほかの弟子たちは逃げた。そして、捕まった次の日の朝には、もう、そこから1キロぐらい離れた今の聖墳墓教会(せいふんぼきょうかい)の場所にローマ兵たちが、十字架を組み、さっさと殺してしまった。ピラトの命令だけで、裁判もなければ何もなかったはずだ。後で、またこの話をします。
話をもとに戻す。「神殿の丘」(ソロモン神殿)を。ユダヤ人が取り戻す運動を一番激しく強硬に主張しているのがユダヤ系アメリカ人の富豪たちだ。その代表が「ラスベガス・サンズ、という大手のカジノ業者で、サンズ・グループというギャンブル興行主の大親分のシェルダン・アデルソンだ。
本当に、こういうむくつけき顔をした、恐ろしい男でないと、博奕(ばくち)業の大物になんかなれない。 このアデルソンが、トランプに「約束を守れ。少なくともアメリカ大使館はエルサレムへ移せ、エルサレムがイスラエル国の首都だと認めろ」と、うるさくせっついた。そのように報道もされた。
トランプという人は、大金持ちの大きな勢力に対しては頭を下げる。
「わかった、わかった」と、嫌々(いやいや)ながら、エルサレムを首都と認め、アメリカ大使館をエルサレムに移すと宣言した。それが12月6日だ。しかし大使館を移すと言いながら4~5年先ですから、何の意味もない。
何が問題となるかというと、先ほど言ったように、本当に神殿の丘をぶち壊すのか、だ。今から3200年前、ユダヤ教の至聖所(オラクル)のFoundation Stone「基礎石」という平たい岩の上で、ささげ物(ホロコースト)のヤギや牛を殺して儀式をやっていた。
そこが大昔は、ユダヤ教の本当の聖なる場所だった。そこが今は、岩のドームとしてきらきらぴかぴか光っている。世界中のユダヤ人は不愉快で仕方ない。
前述したとおり、アメリカには800万人のユダヤ人以外に、クローゼット・ジューが2000万人もいる。ヨーロッパから迫害を逃れてやってきた人たちが多い。表向きはユダヤ人となっていない人たちもたくさんいる。だから3000万人いるかもしれない。だから最大のユダヤ人の勢力はアメリカ合衆国にある。
今、ドイツにはユダヤ人は20万人、フランスには50~60万人、イギリスにも100万人ぐらいしかいないと思う。ヨーロッパのユダヤ人のほとんどはアメリカ合衆国に移っている。この人たちの政治力が強いので、今回の事態になっている。
おもしろいことには、トランプが最初に事前に電話をしたのは、パレスチナ解放機構( PLO パレスチナ人の国会でもある)の議長であり、だから、パレスチナ国の大統領であるアッバースだ。アッバースにいち早く、電話をかけている。アッバースは、エルサレムから10キロぐらい北の、ラマラ(ラマッラー)に居る。ここはヨルダン川西岸(せいがん)というイスラエルの占領地だ。東エルサレムの外側だ。イスラエル軍が占領していて、コンプリートの壁に包囲されたラマラの町の、パレスチナ人だけが住んでいる地区ではないが、ぐじゃぐじゃにコンプリートの壁で、ユダヤ人たちの住居地(清潔な地区)と分けられている。アッバースは、2004年に死んだアラファト議長の後継者だ。
トランプは彼に、「アッバースよ。オレは、今から、エルサレムをイスラエルの首都と認める声明を出すが、何とか、我慢してほしい。その分、そのうちお返しをするから、わかってくれ」と話した。
この真実を世界中の指導者たちは皆知っている。だが、日本の知識人層と日本政府と官僚たちが知っているかわからない。知らない人間は、知能が低い、ということになる。外務省の一番上の人間たちでも、欧米の白人世界と脳でつながっていない。英語で話して読んで考えている人たちは、アジア人でも今回の事態を知っていて、「トランプにも立場があるんだろうなあ」と理解している。
昨日やおとといも、パレスチナで石を投げたり抗議行動をして何人か死んだと報道されているが、抗議行動が出ているだけで激しい運動にはなっていない。このことを日本人も理解すべきだ。その次に、トランプはイスラエルのネタニヤフ首相に電話して、「お前の望み通り、エルサレムを首都として認めるよ」と伝えた。ネタニヤフというのは、アメリカの言いなりの男で、我らが安倍晋三と同じような、卑屈な腰巾着(こしぎんちゃく)だ。
ここから、もっと難しいことを説明する。私が佐藤優氏と出した 『世界政治 裏側の真実』という本ですが、本当のタイトルは、『忍者・佐藤優と狂犬・副島隆彦の手裏剣対談』といいます。ただ、それではあんまりだ、ということでタイトル(書名)は変わった。この本の、24から26ページをここに載せるので、読んでください。
それでもまだ、「私は読む力がない、考える力がない。むずかしい言葉が出てくると、区別がつかない。よくわからん」と言う日本人たちが、たくさんいるので、どんなに知能が低いかを、私は1人でずっと怒って、苦しんでいる。副島隆彦がこの国では、大きな真実を、一番、分かりやすく説明できるのだ。だから何とか分かってくれー、と お願いしている。こういう事をどうしても言わざるを得ない。
私、副島隆彦は知っている。 「ようやく、イランとイラクの区別がつくようになったよ」とか、「パレスチナと パキスタンは、違うんだー。知らんかった 」という程度のアホの人たち( 特に女)が、今もたくさん居る。日本人は、正直であるだけ、まだ、いい。 驚くべき事に、私の周りにも居る。この日本国民の恐るべき、低脳(ていのう)状態は、アメリカが仕組んで、このようなひどい被(ひ)洗脳国民にされたのだ。文部科学省の愚劣な低脳官僚どもの責任など言ってもどうにもならない。
私が佐藤優に対談で語ったのが以下の通りだ。
対談本で、私が話しているとおりだ。何がイスラエルとアメリカで問題になっているか。上の画像(写真)の文を真剣に読めば、なんとか分かるだろう。「ワンステイト・ポリシー」と「ツーステイト・ポリシー」というのがあって対立しているのだ。「ワン・ステイト(ひとつの国家)」の意味は、 この26ページに書いた。
イスラエル国が、パレスチナ国家を否定して併合し、パレスチナ人はそこに住んだまま自治を認められない。イスラエル軍隊と警察が、言うことを聞けと制圧して、パレスチナ国家を否定してイスラエルに服従せよとなる。
この他に、Gaza Strip ガザ・ストリップと言うが、地中海に面したところにパレスチナ人の飛び地(ストリップ)があって、ここに40~50万人いる。その南側はエジプトのシナイ半島で、つながっている。秘密のトンネルがたくさんあって、エジプト側から物資がいろいろ補給されている。ガザは、ハマスという団体がいて、パレスチナ人の国民議会(国会、PLO)の言うことを聞かなかった。が、ようやく最近は軟化して団結するようになった。
このハマスという自治組織は、暴力団のような団体だとも言われているが、ガザ地区の民衆のための福祉事業などは。ハマスが懸命にやっていて人気がある。このハマスと、ラマッラー(ヨルダン川西岸)にいるアッバス議長がパレスチナ国家である。これは国際連合(the U.N. ザ・ユーネヌ 連合諸国)からパレスチナ国家として今では、認められている。日本を含めて大使館(事務所)がラマッラーに有る。
ワンステイト One State に対して、ツーステイト・ポリシー Two Sate というものがある。イスラエルとパレスチナが今のままの状態で、2国家として共存するという政策だ。これしかない、ということです。このツーステイト・ポリシーしか、実際には、現実味ははないと副島隆彦も、上記の対談本で、はっきり言っている。
1948年にイスラエル国が、突如、できて以来、United Nations(連合諸国)で恐らく80回ぐらい、ツーステイト・ポリシー(2国家共存政策)でやりなさい、と毎回、毎回、決議が出ている。 これに反対しているイスラエル政府は世界中から非難されている。このことを日本人は理解しなさい。 日本国内で、こういうことを説明する人がいないのだ。
池上彰(いけがみあきら)氏が、出世の始まりの「NHKの子供ニューズ」の乗りで、
このことを説明すればいいのに、池上彰にも、いろいろ 裏があって、言えない。
だから、副島隆彦が言うしかないではないか。
他のムヅカシそうなことばっかり、書いている、言論人、新聞記者たちも反省すべきだ。自分たちだけで、「自分はアタマがいいのよ」というような記事、評論文ばっかり書いているな。
イスラエルという国を、第2次大戦の終結後の、たった3年後に、国連からパレスチナの信託統治(しんたくとうち。トラステッド trusted )を任されていたイギリスに、刃向かうフリと、反逆のふりをして、イルグーン団( Irghun 、ユダヤ民族自衛軍事組織)という 危険な、テロ活動もする、軍事組織を指導した、 ダビド・ベン=グリオン という男が、今のイスラエルの、 創業者だ。建国の父だ。 今のイスラエルの指導者たちも、強硬な右翼は、皆、このベン=グリオンの忠実な弟子たちだ。 イスラエルでは、思想運動のために、自分自身で人を殺した前歴があるぐらいでないと政治指導者にはなれない。
あの隻眼(せきがん、片眼)のダヤン将軍も、女首相になったゴルダ・メイアも皆、ベングリオンに手塩にかけて育てられた人たちだ。それなのに、日本では、このイスラエルの建国の父、ベングリオンの名前さえ、誰も知らない。知っていても話そう(書こう)とはしない。
何という国だ。 イスラエルは、密かに300発の核弾頭を持っている。だから、北朝鮮も。「私たちも持つ。何が悪い」と言っているのだ。イスラエルの核保有の秘密は、BBC(英国国営放送局)が、こそこそと10年ぐらい前から、5秒間ぐらいだけ、申し訳なさそうに、ニューズの中で、チラと放送するようになった。アメリカでは報道しない。日本は、もって知るべき。 馬鹿野郎の、日本の 言論統制(とうせい)機関どもめ!。
イスラエル本国 ではなくへ、ニューヨークのアデルソンのような強硬派のユダヤ人たちが、私たちは、ユダヤ教徒の聖なる場所の神殿の丘(オラクル)である、King Solomon's Templeを再建築するのだ。3200年前に戻すのだと言っている。
だが、対談本の26ページに、私が書いたとおり、もしパレスチナ国家を否定してイスラエル国にしてしまうと、西岸地区(ウエストバンク)、すなわち、ヨルダン川西岸(せいがん)地区(地図で確認しなさい)まで、全部併合してイスラエル国の領土としてしまうと、今度はそこに住んでいるパレスチナ人たちに選挙権を与えなければいけなくなる。選挙権を与えないと独裁国家となって、デモクラシーではなくなる。
ことろが、もしパレスチナ人たちに選挙権を1人1票で与えると、何と、今度はパレスチナ人のほうが800~900万人ぐらいになってしまう。先ほど言ったようにユダヤ人は600万人ですから、選挙で負けてしまう。負けたらイスラエル国会(クネセト )がひっくり返ってしまってパレスチナ人が首相ということになってしまう。だからワンステイト・ポリシーにはできません。それを一番よくわかっているのがネタニヤフたちイスラエルのユダヤ人たちです。
できもしないことを、なぜ実行しようとするのか。ニューヨークの富豪のユダヤ人たちが強硬に言っているから。だからトランプがへらへらと間に立って、できもしないことを形だけやると言っているだけだ。今回の問題はゼスチャーだと世界中はわかっている。
それでも 長い歴史の背景を持つ政治問題としては、大きな流れの中でのことだから、アラブ人、イスラム教徒たちにとっては不愉快なことだ。彼らは、イスラエル軍がそのうち、神殿の丘の自分たちの聖なる、岩のドームとアル・アクサー・モスクをたたき壊しに来るのではないかと思っている。だから抗議行動をしている。
実は、強硬なユダヤ人たちによる、密かなる、「第3神殿 建設 運動」というのがある。 このことはあまり表面に出ない。
第1神殿時代は、イスラエル国の歴史教科書では、 「第1神殿時代 は、 ダビデ王の我建てたBC1006年から バビロン捕囚の時に起きた神殿崩壊 のBC586年まで」だとされる。 そして、「第2神殿時代 は、このバビロン捕囚のBC586年のあと神殿は再建築されてから、700年後の、ユダヤ戦争でローマ軍と戦って、神殿が完全に破壊された AD131年まで 」だ。 だから、今、ユダヤ人たちは、密かに、「第3神殿 建設 運動」を 始めている。この動きが怖いのだ。
もっと歴史の話をしよう。過去の大きな歴史の理解がない。歴史年表の話になると、ほとんどの日本人は知能が低いから、極端に嫌(いや)がって、対応できなくなる。とくに理科系は、数学と物理学は、出来たのに、この歴史年表となると、上段ではなくて、頭が真っ白になって、思考力を失って、頭が壊れそうになる。ホントだぞ。
今からほんの50年前、1968年の「第3次中東戦争(6日間戦争)で、イスラエル軍が激戦の末に、今のエルサレムの周りを含めたヨルダン国の領土まで侵略して奪い取った。そして今も占領している。イエスの物語にも出てくるヨルダン川の西岸地区(ウエストバンク)というのは、エルサレムから見たら東側だから、地図で見るとおり東側だ。
エルサレムは、神殿の丘(シオンの丘)を挟(はさん)んで旧市街(西エルサレム)と東エルサレムに分かれている。ここにはパレスチナ人が多く住むが、ユダヤ人の新たな入植地にもなっている。ここも全部イスラエル軍が制圧している。ウエストバンク(西岸地区)一帯に入ってくる、新しいユダヤ教徒たちが入り込んできて、イスラエル政府(ネタニヤフ政権)の言うこともか行かないで、ずうずうしく家を建てている。その周りを、コンクリートの壁で防御する。
最近の違法入植者の、大半はロシアから移住してきたユダヤ人たちのようだ。だから白人である。ロシア語を話すロシア人たちだ。これがものすごい勢いで100万人ぐらいまでにふえているようだ。だから貧しくて熱狂的なユダヤ教徒たちがこのウエストバンク、および東エルサレムのあたりにたくさん入り込んできて近代的な立派な家を建てている。その周りにパレスチナ人に襲撃されないように、至る所にコンクリートでできた6メートルぐらいの壁をつくっている。そうやってふたつの民族が隣り合わせで、憎しみ合って住んでいる。
パレスチナ人にしてみればたまったものではない。もともと私たちの土地なのに、おまえたちが「勝手に建国して」、私たちの土地を取り上げて勝手に家をつくって住み込んできて、迷惑だと怒っている。それを世界中のイスラム教徒たち18億人が、パレスチナ人と同じ宗教ですから彼らに同情して応援している。
ところが、この同情、応援が、実情としては、情けない感じになっている。サウジもエジプト政府も、他のアラブ諸国、イスラム諸国も、そんなに熱心にはパレスチナ人を助けない。“支援疲れ”で厄介者(やっかいものの)扱いになっている。ここに本当の問題が有る。
ですから1967年の第3次中東戦争でイスラエルがエルサレムを占領しても、そこにはパレスチナ人が物売りや労働者で貧乏な生活をしながらたくさん生きている。
複雑なのは、イスラエル軍が制圧しているのに、神殿の丘(アラビア語でアルハラム・アルシャリーフ)の中の、岩のドームとアル=アクサー・モスクは、イスラム教の宗教会議の指導者たちが管理している。イスラエルもここには手が出せない。
実際はイスラエル軍がチェック(検問体制)しているから、アラブ人も自由に出入りができるわけではない。出入りするための門があって、イスラエル軍が朝から晩まで監視している。礼拝の日と認められた日にぞろぞろ入っていって、神殿の丘でずらっと並んで、例のお尻を並べて、イスラム教の礼拝をしている。それを嫌(いや)そうに、訝(いぶか)しそうな目つきで、イスラエルの軍隊が見ている。イスラエルの軍隊は若い女性たちもいて銃を構えて、アラブ人たちを睨(にら)みつけながら共存している。
だからこの神殿への出入り口で、急に怒り出したアラブ人、パレスチナ人が、ナイフを振り回して、イスラエルの兵隊を刺し殺そうとして逆に殺されるという事件がしょっちゅう起きる。双方の憎しみが激しいというのはそういうことだ。
そして、この出入り口の南側の低い土地に長四角の大きな平たい場所がある。それが「嘆(なげ)きの壁」だ。Wailing Wall ウェイリング・ウォール という、嘆きの壁ではユダヤ教徒たちが、「私たちは3200年間にわたって苦しい思いをした。苦難に満ちた民族だ。上の至聖所を取り戻したい」と言って、壁に頭をすりつけながら旧約聖書の祈りの言葉を唱えている。だから、この嘆きの壁自身が、神殿の丘の西側の壁そのものなのだ。そして見上げると、壁の上にある光り輝くイスラム教のモスクがある。あいつをぶち壊したい、取り戻したいと思っている。
日本人は、この明白な事実を知っているようでいて、知らない。誰も簡潔に、簡単に説明しない。何に遠慮しているのか、私、副島隆彦には分からない。ユダヤ人たちの気持ちも分かってあげよう、という考えも大切なのだ。ところが、「私は、むずがしい宗教問題には、関わりたくない」と言って、顔を背けて、知らん顔をする。それで日本人は、ますます集団として、低脳(ていのう)になる。
こういうことが分かると、ユダヤ人たちが神殿の丘(至聖所、ソロモン王の神殿)を取り戻したいと思う理屈もわかる。両方の考えを聞いて、中立の立場できちんと公平に見るといいのだ。 ユダヤ教徒にも正当な主張があるのだ、と理解しなければいけない。
それがわからないから、頭が朦朧(もうろう)として、戦争が始まるのではないかと女子供たちが言いだす。大きな簡潔な知識を、誰も教えないからだ。いつの間にか タブー(禁忌、きんき))にしているのだ。自分は頭がいいと、思い込んで、自惚(うぬぼ)れている人間ほど、変な知ったかぶりをして、まわりに歪(ゆが)んだウソを教える。
(前編 終わり。つづく)
副島隆彦 記
Posted by 春 ヲ 呼 プ at 09:13│Comments(0)
│国際情勢