2015年10月09日
ロシアのシリア空爆の意味
田中宇の国際ニュース解説 無料版 2015年10月7日 http://tanakanews.com/
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★多極化とTPP
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ロシアがシリア政府の要請を受けてISIS退治を始めたことで、世界の覇権体制の多極化と、米単独覇権体制の崩壊に、拍車がかかっている。前回の記事に書いたように、ロシア軍は数日でISISを総崩れの状態に追い込んでいる。
おそらく今後半年以内に、シリアとイラクは、ISISやアルカイダのテロ組織がほとんど掃討され、ロシアとイランの傘下でかなり安定した状態が始まる。ロシアは今後ずっと、中東で大きな影響力を持つだろう。その分、米国(や英仏)の中東における支配力が大幅に低下する。
◆ロシアのシリア空爆の意味
10月5日、シリアでテロ組織を空爆中の露軍機が、間違ってトルコの領空内に数キロ入って飛行してしまい、トルコ空軍機が緊急発進し、ロシアがトルコに謝罪した。露軍機が領空侵犯したのを見て、米国がトルコに「露軍機を迎撃しろ」とけしかけたが、トルコ外相は「ロシアは友人だ。領空侵犯に対しては、友人として優しく注意喚起した」と表明した。
今回の露軍のシリア進出は、トルコがシリアのクルド人を攻撃することを阻止しており、トルコはロシアに対して激怒している。しかしトルコは、中東で大きな力を持つようになったロシアを強く批判したがらない。ロシアは、トルコにアサド政権を容認せよと求めており、いずれトルコはしぶしぶ従うだろう。
イスラエルのネタニヤフ首相は米CNNのインタビューで、露軍のシリア進出を非難しているNATO諸国と異なり、イスラエルはロシアを非難しないと表明した。ネタニヤフは「もうロシアと対立していた時代には戻らない」と宣言し、今後はロシアと協調的な関係を維持すると述べた。トルコもイスラエルも、ロシアが中東の新たな覇権国であることをすでに認めている。
英国の議会では「英空軍もISISの拠点を空爆すべきだ」と要求する声が強まっている。ロシアが、シリアとイラクを席巻していたISISを退治すると、シリアとイラクに対する影響力を米英仏から奪う結果になる。英国が中東での利権をロシアに奪われないようにするには、ロシアが進めているISIS退治に参加するしかない。
英国は従来、ISISを潰すふりをして強化する米国の策に協力し、米国と歩調を合わせてロシアを敵視してきた。それが突如、ロシアと一緒にISISを空爆しようという話になっている。露軍のシリア進出が地政学的な大転換であることが見てとれる。
英国の外務省の事務次官(Simon McDonald)は最近、英議会の外交委員会での証言で、「人権」がすでに英外務省にとって重要なテーマでないと表明した。同次官は、人権よりも経済発展(prosperity agenda)の方が英外務省にとって優先的な事項だとも述べた。
これまで英米の外交官たちは、ロシアや中国など新興諸国や発展途上国に対し、人権問題を理由に経済制裁して弱体化させたり従属させる「人権外交」を得意としてきた。
英外務省が人権を重視しなくなることの意味は、英国が、米英同盟による世界支配戦略をやめて、これまで人権問題で批判してきた中国や露イランやBRICSに接近し、それによって英経済を維持する策に転換したということだ。英国は、人権外交をやめることで、米覇権の崩壊と多極化に対応しようとしている。
人権外交の終わり
話をシリアに戻す。米国とロシアは、それぞれの陣営の地元の国々(米はサウジアラビアとトルコ、露はイランとエジプト)を引き連れて、シリア問題の解決を話し合う「コンタクトグループ」を設置した。EUも入れてくれと頼んだが、米国に断られてしまった。
米国は、EUを除外することで、これまで米国と欧州諸国が共有してきた中東利権を、みすみす全部ロシアに渡してしまおうとしている。これは欧州を怒らせている。ドイツでは、メルケルの与党(CSU)の党首(Horst Seehofer)が、難民流入問題に絡む発言として、シリア問題で米国と組むのをやめてロシアと協調すべきだと提案した。
ドイツなどEUは、米国の戦略失敗によって内戦状態が続くシリアやリビアから大量の難民が押し寄せ、非常に迷惑している。ISISなどテロ組織をこっそり育てて内戦を激化するばかりの米国より、テロ組織を空爆してどんどん潰すロシアの方がずっとまともだと欧州人が思うのは当然だ。
ドイツなどEU諸国は、ウクライナ危機でロシアに濡れ衣をかけて経済制裁する米国につき合わされ、対露貿易が減少して経済的な打撃を受けている。ウクライナとシリアの両方で、EUは米国のロシア敵視のやり方に怒っており、米国を無視してロシアと関係を回復すべきだという声が強くなっている。先日は、メルケル首相が初めてクリミアがウクライナでなくロシアの領土であることを認める発言をしている。欧州の対米従属は終わりに近づいている。
プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動
ウクライナでは今年初め「ミンスク2」の停戦合意が締結されたが、米国に好戦策を扇動されたウクライナ政府は兵器を前線から撤退させる約束を守らず、戦闘が続いてきた。しかし最近、ロシアとEUが協調して圧力をかけた結果、ウクライナ軍はようやく前線からの兵器の撤収を進めている。ウクライナの事態は少しずつ安定に向かっている。
ウクライナ危機の終わり
NATO延命策としてのウクライナ危機
前回の記事にも書いたが、中国はアフリカ大陸の紛争解決に、国連平和維持軍の兵力と資金を出すことを国連総会で宣言した。ロシアがシリア内戦の解決に動き出したのを機に、米国覇権下で放置扇動されてきた各地の紛争が、露中など非米・反米勢力によって終結させる努力が開始され、覇権の多極化が加速している。
ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?
中国とアフリカ
多極化が進むと、NATOは名前だけのものになってEUの欧州統合軍に取って代わられる。EUと中露が接近する。それと同時に多極型世界の「極」となる北米(NAFTA)や中南米(メルコスルなど)、アフリカ(アフリカ連合)などで、国際的な地域統合の動きが強まる。この流れは冷戦後、断続的に続いているが、欧州と、ユーラシア中央部(ロシア主導のユーラシア経済同盟、中露主導の上海協力機構)以外の地域では、地域統合があまり進んでいない。
多極化に圧されるNATO
露軍がシリアに進出し、中東覇権が米国の手から離れ始めた直後、米国が多極化に対応する地域統合の策を進めていることが再び話題になっている。その一つは、米国とカナダの軍事統合だ。カナダの公共放送(CBC)によると、米軍とカナダ軍の上層部は2013年から頻繁に会合し、米加両軍の統合について検討している。防衛力の統合は、国家統合の大きな部分だ。
米国とカナダは、空軍について、自国上空の防衛を担当する司令部(NORAD)を1950年代から統合して運営しているが、地上軍や海軍は別々に運営してきた。今回、米加は、海外派兵する際の部隊の統合を検討し、最終的に軍隊全体の統合にまでつなげていく構想も米加で共有していることが、カナダ軍がCBCにリークした文書で明らかになった。カナダ軍より米軍の方がはるかに規模が大きいので、統合はカナダ軍が米軍の傘下に入ることを意味している。
米国は、イラクが大量破壊兵器を持っていないのに持っていると濡れ衣をかけて侵攻した03年のイラク侵攻や、シリア政府軍が自国民を化学兵器で攻撃したと濡れ衣をかけて13年に空爆しようとしたことなど、違法な海外派兵の策を繰り返してきた。カナダが海外派兵軍を米国と統合すると、このような違法行為にカナダも巻き込まれることになる。それを懸念するカナダ軍内の勢力が、CBCに米加軍事統合の計画をリークしたのだろう。
世界的な長期の流れとして、戦後70年続いてきた米単独覇権の世界体制が崩れ、多極型の覇権構造に転換すると、国民国家が至高の存在であるという世界的な観念が過去のものになっていき、各地で国家間の統合が進むシナリオが、米国のCFR(外交問題評議会)などによって、折に触れてうそぶかれている。
それを「陰謀論」と無視するのは簡単だが、EUや、露主導のユーラシア同盟、BRICSなどの動きを見ると、多極化は国民国家間の統合につながるだろうと感じられる。米加軍事統合は、そうした動きの一つだ。1民族1島国の天然国民国家の日本人には知覚・理解しにくい流れだ。
米国が関与する地域統合のもう一つの動きは、10月5日に交渉が妥結したTPPだ。TPPは、米加メキシコの北米3カ国が1993年に締結した貿易協定であるNAFTAを基盤に、中南米やアジア太平洋の親米諸国を加えて新たな貿易圏を作る計画で、拡大NAFTAともいうべきものだ。
貿易協定と国家統合
米国は、アジア太平洋諸国とのTPPと、欧州(EU)との協定であるTTIPという、2つの似た内容の自由貿易圏を同時並行的に交渉して設置することで、米国中心の新たな経済覇権体制として構築しようとしてきた。だがTTIPは、24の全項目のうち10項目についてしか米欧双方の意見表明がおこなわれておらず、対立点の整理すら未完成で、まだ交渉に入っていない。EUでは、署名活動として史上最多の300万人がTTIPに反対する署名を行った。
TPPもTTIPも、企業が超国家的な法廷(裁定機関)をあやつって国権を超越できるISDS条項や、交渉中の協定文が機密指定され国会議員でも見ることが許されていない(米議会では数人が見たらしいが、日本の国会議員は誰も見ていない)など、国民国家の主権を否定する傾向が強い。EUの調査では、欧州市民の96%がTTIPに反対だというが、当然だ。
国権を剥奪するTPP
すでに書いたように、EUは今後、米国との同盟関係を希薄化して露中への接近を加速し、米単独覇権体制を見捨てて多極型世界の「極」の一つをめざすだろう。欧州がTTIPに同意する可能性は今後さらに低くなる。おそらくTTIPは破棄される。
TPPだけが残るが、TPPは拡大NAFTAであり、米単独覇権体制の強化でなく、多極型世界における米国周辺地域の統合を強化するものになる。(米国の中枢には、単独覇権体制を声高に希求する人々と、多極型世界をこっそり希求する人々がいる。ベトナム戦争もイラク戦争も、単独覇権を過激に追求してわざと失敗させ、多極型世界を実現する流れだ。単独覇権型の貿易体制が多極型の体制に化けても不思議でない)
以前、日本はTPPの交渉に入っていなかった。日本がTPP交渉に途中から参加し、今や米国より熱心な推進者になっている理由は、世界の多極化が進む中で、何とかして自国を米国の傘下に置き続けたいからだ。
日本の権力者が国際的に自立した野心を持っているなら、対米従属の継続を望まないだろうが、戦後の日本の隠然独裁的な権力者である官僚機構は、日本を対米従属させることで権力を維持してきた。対米従属下では、日本の国会(政治家)よりも米国の方が上位にあり、官僚(外務省など)は米国の意志を解釈する権限を乱用し、官僚が政治家を抑えて権力を持ち続けられる。
近年では、08-09年の小沢鳩山の政権が、官僚独裁体制の破壊を画策したが惨敗している。対米従属は、官僚という日本の権力機構にとって何よりも重要なものだ。
日本経済を自滅にみちびく対米従属
TPPは、米国の多国籍企業が、ISDS条項などを使って日本政府の政策をねじ曲げて、日本の生産者を壊滅させつつ日本市場に入り込むことに道を開く。日本経済を米企業の餌食にする体制がTPPだが、日本の権力である官僚機構にとっては、米政府に影響力を持つ米企業が日本で経済利権をむさぼり続けられる構図を作った方が、米国に日本を支配し続けたいと思わせられ、官僚が日本の権力を握り続ける対米従属の構図を維持できるので好都合だ。
米企業が日本でぼろ儲けし、日本の生産者がひどい目に遭うことが、官僚にとってTPPの成功になる。官僚が、意志表示もほとんどしない国民の生活より、自分たちの権力維持を大事と考えるのは、人間のさがとして自然だ。
大企業覇権としてのTPP
米国はTPPに対し、貿易だけでなく経済システム全般の枠組みとして、今後の米国の影響圏設定の意味づけを持たせている。TPPに入れば、日本は、米国の影響圏内にいることを明示でき、世界が多極化した今後も、米国の経済システムの中に入って対米従属を続けられるが、TPPに入らなければ、日本は中国の影響圏に入るしかない。
今夏以降、中国経済が減速すると、日本経済が大打撃を受け、2四半期連続マイナス成長の不況入りが濃厚になっている。すでに日本経済は、米国などTPP圏より、中国に依存する度合いが強くなっている。長期的に見て、米経済は巨大な金融バブル崩壊の過程にあるので、日本経済にとって米国より中国の方が重要である傾向が、今後さらに強まる。放っておけば、日本は経済面から中国の傘下に引き込まれていく。隣の韓国は、経済面で中国の傘下に入ることをすでに容認している。
TPPに入っても、日本経済の中国依存が減るわけではない。TPPはもっと政治的、国際システム的、象徴的なものとして、日本が中国でなく米国の傘下にあることを示すものだ。TPPが重要なのは、関税率とか「コメや乳製品が値下がりして国民生活を助けます」とかいう経済面でなく、TPPが経済政策の政治的な枠組みであり、日本が米国の傘下にとどまるか、中国の傘下に追い出されるかという、多極化する世界の中での今後の日本の位置づけを明示している点だ。
安倍訪米とTPP
日本ではここ数年、国民が中国や韓国を嫌うように仕向けるプロパガンダがマスコ"ミによって流布され、それを国民の多くが軽信している。こうした洗脳戦略も、米国が衰退して中国が台頭する多極化の傾向への対策だろう。洗脳戦略がなかったら、国民のしだいに多くが「米国より中国と組んだ方が日本経済のためだ」「TPPでなく日中韓で貿易圏を作れば良い」と思うようになり、民意主導で日本が対米従属から離脱していってしまう。
それを防ぐため、国民が中国や韓国を「敵視」するのでなく「嫌悪」するよう仕向ける洗脳戦略が採られ、かなり成功している(敵視を扇動すると、日本が中国に対して攻撃的に関与してしまうことにつながり、どこかの時点で日中が折り合って和解してしまいかねない)。
TPPより日中韓FTA
TPPと並んで、自衛隊が米軍と一緒に海外派兵できるようにする日本の集団的自衛権の強化も、対米従属維持のためだ。先に書いた、カナダ軍が米軍の傘下に入って海外派兵する新体制を作ろうとする米加軍事統合を、日本の集団的自衛権の強化と並べてみると、2つが良く似ていることに気づく。
カナダは米国から「多極化の中で国家統合を進めたいなら、カナダ軍が米軍の傘下に入って海外派兵できるようにしろ」と言われ、迷いつつ進めている。それを見た日本外務省が「うちも、米軍の傘下に入って海外派兵できるようにしますので、多極型世界における北米圏に入れてもらって良いですか」と申し出た。米国は了承し、日本は集団的自衛権を改訂した。NAFTA(北米経済圏)の拡大版であるTPPに、日本が何とかして入ろうとしたのと同じ構図だ。
日本では、米国が昔から将来までずっと日本を傘下に入れ続けたいのだという勘違いが、意図的に流布されている。米国は歴史的に、ハワイやグアムを自国領にしたり、フィリピンを植民地にするなど、太平洋を自国の影響圏として設定してきたが、そこには日本が入っていなかった。
単独覇権から多極型世界への(隠然とした)シナリオだった911前のサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」でも、日本は、米国にも中国にも従属しない「孤立文明」に分類されていた。TPPでも、米国は当初、米国と同様アングロサクソンの国である豪州とニュージーランド、豪州とフィリピンの間にある中小の諸国をTPPの交渉に入れていたが、日本を入れていなかった。
第二次大戦後、米国が日本を自国の影響圏に入れておいたのは、ソ連や中国との冷戦構造があったからだ。日本は、米国が中露と対立している限り、米国にとって有益な場所にあるが、世界が多極型になり、米国と中露が対等な関係で協調するようになると、米国が日本を傘下に入れておくとやっかいなことになる。
Posted by 春 ヲ 呼 プ at 10:50│Comments(0)
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