2012年03月28日

「ガレキ受け入れ」は被災者支援にならない!

 
http://www.nippon-dream.com/?p=7587

新党日本 田中代表の緊急提言


  新聞やテレビの報道では「ガレキ処理をしなければ震災復興は始まらない」という印象を受けるが、本当にそうなのだろうか?マスコミが語らない「ガレキ処理」の実態をリポート!


 津波で被災した仙台市沿岸部に設置された仮設焼却施設。連続焼却方式で1日あたり約300トンの廃棄物処理能力がある。
 女川原発に隣接する漁港の防波堤は、巨大津波で地盤が沈下して一部が水没。コンクリート部分には大きな亀裂が入っていた。原発を津波から守るためには防波堤が必要だが、その整備は一向に進まない。
 津波で壊滅状態となった女川町の中心部。町役場以外のほとんどの建物が流出、自宅を失った町民は仮設住宅に入居している。

被災地に必要なのは「ガレキ処理」より「雇用と住宅」

 東日本大震災の巨大津波で壊滅的な打撃を受けた、宮城県女川町。かつて多くの人でにぎわった商店街や漁港、水産加工場、役場は津波で破壊され、今ではその面影を見ることはできない。
 ‘11年10月、東京都の石原慎太郎知事が女川町のガレキ受け入れを表明した。そのガレキに放射性物質が付着していたことから、受け入れの賛否をめぐって社会問題化。人口1万にも満たない漁業と原発の町「女川」が、連日のように報道された。
「被災地はガレキの山に埋もれていると思ったでしょう。震災直後、町の中心部はガレキだらけでしたが、今はほとんど片づいています」
 町全体を見渡せる高台に建てられた病院の駐車場で、タクシー運転手は本誌記者にこう語った。女川町ではガレキのほとんどが撤去され、仮置き場に搬入済み。生活圏内にガレキの山は見られない。今後は仮置き場から『処理選別ヤード』に移され、そこでコンクリート片や木くずなどに分別され、全国に運ばれていく。
 「全国の人たちの支援はありがたいが、ピントがずれている。ガレキは片づいたし、今は住民の雇用の場を創出してほしい」「ガレキ処理よりも道路の補修や高台移転を支援して」「住民の足だった鉄道を早く復旧させて」などと、住民たちはガレキ処理に偏った政府の財政支援への不満を口にする。
 女川町の復興を阻害しているいちばんの元凶とみられるのが「人口流出」だ。宮城県が’12年3月7日に公表した県推計人口年報では、津波で甚大な被害が出た沿岸部の減少率が際立つ。女川町は、1万人以上いた人口が1年で約17%減少。約8300人まで落ち込み、減少率は宮城県内で「ワースト1」。若者や子供を持つ世帯の流出に歯止めがかからない。「このままでは、町が消滅してしまう」と危惧する住民が増えている。
 住民に人口激減の理由を聞くと、水産工場や宿泊施設等が津波で流されたことなどによって「雇用の場がなくなった」との意見が一番多く、「防波堤の整備が進まず、怖くて戻れない」「町内に原発があるから」との回答が続く。
 女川の復興が進まない理由は、もう一つある。復興に使われた国民の税金が被災地に落ちないということだ。ガレキ処理の作業員やゼネコン関係者、自治体関係者らは、女川町内に宿泊しない。町中心部にあった旅館などの宿泊施設が、ほとんど津波で流されてしまったためだ。同町の復興支援に当たる作業員らは、隣接する石巻市や、松島市、仙台市内から「通勤」している。
 「町内には目ぼしい飲食店がないため、仕事が終わると石巻や仙台に直帰してしまう。女川の地元経済は潤わない。私の店は津波で流されなかったが、震災前に比べてお客さんが減った」と女川町の商店経営者は嘆く。

「ガレキ処理」よりも必要な復興支援はたくさんある

 こうした沿岸部の被災地の窮状を尻目に、復興景気に沸いているのが仙台市だ。“復興支援の拠点”として、全国各地から来たゼネコン関係者やボランティアらが集結。「週末や祝祭日の前日は店に入りきれない」(飲食店経営者)「震災前よりも乗車率が増えた」(タクシー運転手)と、うれしい悲鳴を上げている。
 「復興特需」にあやかろうと、仙台市の繁華街にはキャバクラやスナックの出店ラッシュが続き、価格競争が起きているという。バスと電車を乗り継ぎ仙台に買い出しに来た女川町の男性は「作業員たちの飲みっぷりはハンパじゃない。せっかく政府の予算がついても、ほとんどが仙台の歓楽街やガレキ処理を受注した東京のゼネコンに持っていかれてしまう」と語る。
 「被災地の近くに宿泊できないゼネコン関係者の予約で、仙台市内の主要なホテルは満室状態です」(観光業者)。「賃貸住宅の需要も急増しています。アパートやマンションの借り上げの相談が頻繁にあります」(不動産業者)。
 仙台市内には自治体関係者や環境事業者らが注目する特別な場所がある。市内3か所に設けられた「仮設焼却施設」だ。
 「ガレキ処理をめぐって、仙台市が他の自治体に協力を求めなくて済むのは、この仮設焼却施設があるおかげ。仙台市には約135万トンのガレキが発生しました。これは市の廃棄物処分量の4年分に当たります。そのとき、阪神・淡路大震災で約2000万トンものガレキを約3年間で処理した神戸市から職員が駆けつけてくれ、ガレキ処理に関する助言をしてくれたのです」(環境局職員)。
 仙台市は、神戸市職員の助言などをもとに沿岸部の被災エリアに廃棄物搬入場所を設け、そこに仮設焼却施設を建設。最初に建設した焼却施設の工期はわずか3か月。’11年12月までに3基の仮設焼却炉がそろい、1日当たり計480トン、年間300日の稼働で約15万トンの処理が可能となった。東京都が受け入れ表明をしている約50万トンのガレキは、被災地で同レベルの仮焼却施設を3つ造れば解決してしまう。
 女川町を襲った津波の高さは約20m。山間部の谷間にまで津波が襲いかかった。高さ
10m近くの木の上部に今も漁具がぶら下がり、海からかなり離れた場所まで到達した津波のすさまじさを物語っている。女川原発のすぐ目の前の防波堤は、地盤沈下で一部が沈み、いたるところに亀裂が走り、津波の破壊力の大きさを感じずにはいられない。
 壊滅的な打撃を受けたのは観光業だ。原発近くの浜辺は、波が穏やかで人気のあった海水浴場だったが、ガレキが打ち上げられたり、砂浜がえぐり取られていたりして、無残な姿をさらしている。海水浴客など年間約70万人が女川を訪れていたが、今はガレキ処理の見学者か、マスコミ関係者ぐらいしか来訪者はいない。
 「もっと高い防波堤があれば、ここまで津波がこなかったはず」
 女川原発近くに住んでいた「親戚の1人が今も行方不明」という男性は、悔しそうにつぶやいた。
「また同じような津波が襲ってくるのが一番心配。堤防や盛り土に必要なコンクリート片などは、被災地の女川には、そこら中に転がっている。それを使って、すぐにでも堤防の建設や住宅のかさ上げをしてほしい」と訴える。
 テレビや新聞の報道、野田首相や細野環境相らの説明を聞いていると「被災地はガレキまみれ」「復興はまずガレキ処理をしないと始まらない」との印象を受けるが、現実は違うようだ。

「ガレキ受け入れ」の実態は震災復興利権の奪い合い

 「石原都知事とガレキ処理を請け負うゼネコンとの利権疑惑は本当か」「天下り団体や東電役員が東京都の災害廃棄物の処理に加わっている」。東京都と東京二十三区清掃一部事務組合などが主催する災害廃棄物広域処理の説明会で、住民側からガレキ利権を追及する声が相次いだ。説明会に参加した住民は「利権疑惑の質問にまったく答えていない」「行政側は、はぐらかしてばかり」と怒りが収まらない様子。
 「東北の被災地を助けるために協力してほしい」と、野田首相や細野環境相らが全国の自治体にガレキ処理の協力を呼びかけているが、いまだに難色を示す自治体側が多い。その背景には、放射性物質への懸念のほかに、こうした災害廃棄物をめぐる利権疑惑への不信感があるのは間違いないだろう。
 東京都の災害廃棄物の処理スキームやこれまでも報道を分析すると、「石原都知事-鹿島建設」「鹿島建設-女川町」「女川町-東北電力」「東北電力-鹿島建設」の四つの「利権の絆」が浮かび上がってくる。石原知事はガレキ受け入れで相次ぐ苦情に「黙れ」と一喝したが、自身の利権疑惑がネットや週刊誌で報じられてからは、釈明もせずに「被災地の懸命な努力をよそに、政府は致命的にスピード感を欠いている」と国に責任を転嫁する始末。
 かつて石原知事の第1秘書を務めた栗原俊記氏は、現在は鹿島建設の執行役員。「石原知事と鹿島で何らかの裏取引があったのでは?」との噂が広がり、石原知事のリコールを求める声も出てきている。
 また、東京電力と東北電力は事実上の兄弟会社。鹿島建設は女川原発1~3号機の建屋などを建設。女川町の総合運動場や野球場など市民向けのハコモノ建築物を受注しているのが鹿島だ。仙台市にある東北電力本店ビルは鹿島が請け負った。鹿島は、女川原発や東北電力関連で莫大な利益を得ていたことになる。同社のホームページでも「特別寄稿」と銘打って女川町を大々的にPRし、「絆」の維持に懸命だ。
 利権の疑いを招く元凶は、東京都が作った災害廃棄物処理スキームにもある。ガレキ処理費として最初1年目で約70億円、3年間で約280億円の運転資金を東京都が貸し付ける東京都環境整備公社の理事長は元東京都環境局次長、評議員には東京電力の執行役員や東京都産業廃棄物協会長らが名を連ねる。さらに東京電力グループの東京臨界リサイクルパワーが可燃性ガレキの焼却事業を請け負っている。
 「天下り団体理事長」「東電役員」「産廃業の重鎮」――これだけ役者がそろえば、「利権はまったくない」と釈明するのには無理がある。こうした事実に、住民の疑いの目が向くのは当然だ。
 利権の意図がなかったにしても、災害廃棄物のスムーズな処理を考えた場合、市民の疑惑を招きかねない工程を作ることは、絶対に避けなければならなかったはずだ。利権の疑いを招く工程を作った東京都庁の役人は、第一級の「戦犯」と言えるだろう。

「地産地消」の大原則で被災地の雇用を創出すべし

 兵庫1県が被災地だった阪神・淡路大震災のガレキは2000万トン。実質1年で片付き、2年で完了しました。3県に及ぶ今回のガレキは2300万トン。ほぼ同分量なのに、1年も経って、20%=400万トンをどこが受け入れるか、推進VS阻止の不毛な議論から抜け出せない。3月19日現在、処理が終わったガレキは全体の僅か7・1%。仮に全国が「絆」で20%を引き受けても、全体の27%しか片付かない。
 じゃあ残った全体の75%近くは、いつ誰がどのように被災地で処理するのか。政府は明確な工程表を示していない。「広域処理」とは、無為無策な政治主導を目眩ましするキャンペーンだとツイートした、それが理由です。
 被災地の自治体は、出来れば地域で処理したい。雇用も見込める。ところが環境省は恒久的な焼却施設建設を認めない。3年で取り壊すのが条件の仮設焼却施設のみ。その一方で広域処理のガレキは400万トンですから、10トントラックで40万台分。膨大なコストを掛けて、CO2をまき散らして20%の「絆」を運び出そうとしているのは何故でしょう?
 全国に1243ある自治体関係の焼却施設のうち、24時間燃やし続けないと炉が傷んでしまうガス化溶融炉やストーカ式焼却炉といった「全連続式」が、644施設と過半数を占めています。ダイオキシンを抑制する「環境にやさしい」との触れ込みで、建設費の7割を国が負担してきました。身の丈を越えた豪壮な焼却施設が全国に林立した理由です。
 分別やリサイクルの推進でゴミは年々少なくなっています。しかも建設時と違って維持管理費は全額、自治体負担。ただでさえ財政難の自治体は青息吐息です。そこに発生した東日本大震災。だから野田首相も細野環境相も「(ガレキの)受け入れ自治体に財政支援」、「受け入れ自治体の減価償却費も国が負担する」と“アメとムチ”を言い出したのです。75%の処理の目途も立たないのに・・・。
 良い意味での「地産地消」のガレキ処理で地元に雇用を生み出し、被災地の復興を目指すべきです。長い間、東北の人たちは「東名阪」の都会へ出稼ぎに来ていました。今こそ逆転の発想で、地元の企業や人々を手助けに、産廃業者もゼネコンも中央から東北へ下働きで「逆出稼ぎ」に行く「新しい方程式」を政治主導で決断すべき。具体的に提言しているのに、“馬耳東風”なのが残念です。

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Posted by 春 ヲ 呼 プ at 11:00│Comments(0)311震災
 
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